森田美千代詩集『片道切符の季節』(2021.9刊)

 夏の終わりのある日、詩集が手元に届いた。装画の柔らかな配色がやさしい。著者二冊目のこの詩集は三部構成で三十三編を収録している。第一詩集『寒風の中の合図』と装丁や版型を統一しているところから作者のこだわりを感じる。望郷と日常を情緒豊かに描いた前詩集の流れを大きく継承しつつ、より愁いを含んだ作品が並ぶ。
 表題作「片道切符の季節(めらんこりあ)」は、文字通り片道切符を手に都会にやってきた男性の人生が描かれる。都会生活を長く続け、

都会の人になり
子どもの寝顔に癒され
硬直する足裏は焼け焦げ
深呼吸を繰り返した
顔のない真夜中の戦士に

ずぶぬれの背に貼られた疑問の付箋に
立て札みたいに貼りついて
懸命なのか勘違いなのか
パスを出し続けた(抜粋)

そんな男が求めたものは

じいちゃん とうちゃん かあちゃん
村の連中の顔
泥田のぬめり
手の中に
幼き日のふるさとが押しよせる(抜粋)


望郷というのは距離の問題ではない。いくらその地にいま電車に飛び乗って戻ったとしても充分に満たされることはない。慈しんでいるのはその土地での暮らしに意識することもなく溶け込んでいられた「時間」なのだ。片道切符を手にその「時間」を終わらせた自分自身や抗えない運命に対してめらんこりあは心に常に滞在するのだろう。作中の男は作者の分身かもしれない、と思う。くりかえす故郷への想い。その思いを反芻し何度も描き続ける。描かれた故郷をくりかえし読む。そのうちに故郷が美しい絹糸で幾重にも丁寧に紡がれ包み込まれ、新たな故郷を作り出しているかのように見える。それは前詩集に収録されている詩「祖母の手」のお蚕様に触発されたのかもしれないし、今詩集で自然を表現する時に「白」が美しく表現されていることもあるだろう(白梅のささやき・白い峰・シベリアから白鳥の飛来・夜明けの白さ増す・白いアナベルの目・季節外れの紋白蝶・白い小花の屁糞葛・真綿のような白いサクランボの花・白い麹、など)。
 Ⅰ部に収録された作品の柔らかな東北弁が、北国を知らない私にも懐かしく感じはじめている。
 他にも心臓検査のようすを描いた「かしわば紫陽花の告白」、ホスピスに入院している友を見舞う「冬もくれん」、阪神淡路大震災をふりかえる「一月は/いつも」、ステージに立ち華やかな人生を送った女性の哀愁を静かに見つめる「黒揚羽の女」など自然の事物を素材に対象を大きく包み込む作風が印象に残る抒情詩集である。
                      (澪標 二〇二一年九月刊)

*『詩杜』7号書評に加筆して掲載しています。